戎橋筋商店街振興組合 理事長 菊地 正吾さんに
万博の思い出を聞きました
2025年大阪・関西万博開催が決まって以来、戎橋筋商店街の理事会でもの理事会でも万博が話題にのぼるといいます。
菊地正吾理事長は昭和51年(1976年)生まれのため、昭和45年(1970年)の大阪万博開催時はまだ生まれていなかったのですが、先代や商店街内の他の店主らから当時の様子を教えてもらったそうです。パビリオンの内容や会場の様子といった万博そのものの話はもちろんですが、どの人も「ここで見る未来が、いずれ現実になるのだと心躍らせていた」と、思い出しては「ウキウキと話す」姿が印象的だといいます。高度経済成長期という時代背景はあるにしても、大阪万博イコール、人々が明るい希望を持てる素晴らしいイベントだったことが伝わってくるそうです。
今度の大阪・関西万博について、菊地理事長は「さまざまな情報発信をするツールのある時代に、あえて万博というイベントで世界各国が未来へ向けた思いを結集させるのですから、次世代を担う若い子らが前回同様、明るい未来を思い描く万博であって欲しいと願います。大阪にある一商店街としても協力できることはしていく」といいます。
また、商店街としても万博を活用しない考えはありません。地域や企業と協力して、万博会場を訪れた人たちへ、梅田や天王寺、そして難波へも周遊してもらえる取り組みを進めていきたいと意欲を燃やしています。観光客の多かった通りも新型コロナウイルスの影響で人通りが激減し、大打撃を受けました。現在は、商店街の原点に戻って土台を作り直している段階。「先代たちが繋ぎ100年以上の歴史がある商店街ですから、我々の世代も次へ繋いでいきます」と意気込まれています。